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三浦大輔(DeNA)の引退試合はいつ?理由に関しても調査!

201609207

ベイスターズの三浦大輔選手が引退することが分かりました。本記事では、三浦大輔選手の引退試合の日や理由に関しても調査してみました。15時頃に会見がありますので、随時追記いたします。

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三浦大輔の引退試合

201609208

引退試合は、本拠地最終戦となる24日の巨人戦での登板が最有力となっています。

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三浦大輔引退の理由

201609209

本日の15時ごろハマの番長・三浦大輔選手が会見を行いました。理由も細かく説明していたので、下記に一問一答をまとめましたのでご覧ください。

本日は雨の中お集まりいただきありがとうございます。私、三浦大輔は今シーズン限りで現役から引退します。高校(奈良・高田商高)を卒業して、横浜大洋ホエールズに入団し今年で25年目、25年間、本当に横浜の街で育てられて、たくさんの方に応援していただき、ここまでやってくることが出来ました。うれしかったこと、苦しかったこと、いろいろありましたけど、本当にいつもみなさんに支えられて、一歩ずつ進むことができました。

昨日、CSに出場することも決まり、自分の気持ちも今シーズンを全うして終わろうという気持ちで突っ走ってきましたので、残りもう少しシーズンありますが、クライマックスと1日でも長く今のユニホームを着て、今の選手たちと戦えるようにやっていきたいと思います。本当にいろいろな思いがありますけど、感謝の気持ちでいっぱいです。

  • 25年間本当にお疲れ様でした。引退を決意され、今の率直な気持ちは?

いろいろ考えて、考えて、決断してからもまだ伝えられてなかった方にもこの場で伝えられて、ちょっとスッキリしています

  • まだやれるだろうという声があるなかで、引退を決断した理由は?

勝てなくなったからです。常日頃、引退という文字は今年だけでなく、数年前から頭にありましたけど、まだできる、もっともっと勝ちたいという気持ちがあって、先発が出来なくなったら、勝てなくなったら辞めると決めていました。今年7月に(今季)初登板させてもらったときに打たれて、8月まで(1軍から)声がかからず、そのときにはほぼ(引退の)気持ちは固まっていました。

ただ、もう一度勝負したいという気持ちがあったので、9月の頭に甲子園での先発を言われて、それまでは球団にも伝えないでおこうと決めていました。そういう感情を抜きに真剣に勝負したいというところで、その時点では勝とうが負けようが今シーズンでという気持ちもどっかではありました。まぁ、言いたいけど言えないモヤモヤはありましたね

  • 引退を決断するにあたり、相談した人は?

 もちろん家族には話をしましたし、最終的には自分で決めました

  • 奥さまの反応は?

残念がっていましたね。女房も子どもたちも、まだできるんじゃないの、と。でもプロの世界は厳しいですから、その辺はしっかり言って、やり残したことのないように、精一杯やるという気持ちで、(9月に登板した)この間の甲子園では、わざわざ甲子園にまで観にきてくれたので、その前で投げられたのは良かったですね

  • チームメイトにはいつ伝えた?

昨日の試合後に伝えました。昨日の試合後に伝えると決めていました。会見前にみなさんに言いたかったので、その前にCSが決まって正直、ホッとしました。決まって喜んでいる中でこういう報告するのはどうなのかなと思ったんですけど、チームメイトに伝えられて良かったですね

  • どのような言葉をかけられた?

正直、引退するといった後に途中から何を言っているのか自分自身も分からなくなって。でも伝えたあと、「本当ですか」「まだ辞めないでください」というような言葉を後輩からかけられて、うれしかったですね

  • 25年間、現役を続けられた支えは?

まさかプロに入ったときに25年もやるとは思っていなかったですし、1年1年が勝負と思ってやってきましたし、打たれたら悔しい、負けたら悔しい、勝ちたいという思いがあったからこそ苦しい練習もできましたし、試合で勝ったときにたくさんのファンの方が喜んでくれた。あれが一番うれしかったですね。もう一度勝って一緒に喜びたい。負けたら悔しいからもっと練習するしかないと思ってやってきた25年間でしたね

  • 25年のなかで1番の思い出は?

ひとつになかなか絞れないですけど1998年の優勝ですかね。優勝ってこれほどうれしいものなのか。すべてが報われた。1年間のしんどいことが吹き飛んだというか。98年の優勝は最高にうれしいものでしたね

  • 98年の優勝を知る最後の選手となったが、今のチームと比べて?

98年には98年の良さがあったと思いますし、今年はチームの自分の立ち位置もあのときと違いますし、苦しい時があったからこそ、今のハマスタ、DeNAベイスターズを見ているとうれしいですね。良いチームになってきた。昨日の試合でも、横浜対広島戦で何年か前はあんなにお客さんが入っていなかったけど、レフトは真っ赤に染まって、バックネット一塁側、ライトスタンドもブルーに染まって満員の中でプレーできていることはプロ野球選手として最高のこと。何年か前はガラガラで、苦しい時期もありましたけど、僕一人でどうしようもなかったことですが、FAで横浜に残って、横浜を良いチームにしたいと思って、小さな力でしたけど、横浜がどんどん変わっていくのを見られて本当にうれしく思います

  • FAで阪神へ行ってしまうのでは、とファンも心配したが?

いろいろと本当に悩んで悩んで、いろいろな方にもご迷惑をおかけしましたけど、150勝したときも言いましたが、横浜に残って良かったな、と。たくさんのファンが喜んでくれて、支えてくれたっていうのは、本当に三浦大輔は幸せ者だなと思います

  • 1番印象に残る勝ち星は?

どれもうれしいですけど、150のときは僕自身もうれしかったですけど、それ以上にファンの方が喜んでくれて、それで僕は喜んだ印象が強かったので思い出に残っています

  • 150勝も今季、横浜スタジアムの最終戦も巨人戦。最終戦、どんなピッチングをしたいですか?

勝ちたいです。それだけです。

  • 今後のこと、人生プランは?

特に決めていません。ただ、現役からは卒業しますけど、野球からは卒業しないので、ずっと野球に関わっていきたいと思います

  • 25年間を振り返り、どんな野球人生だった?

高校を卒業してドラフト6位で大洋ホエールズに入って、とびきり球が速いわけでもなく、すごい変化球があるわけでもなく、よくやってこられたな、と。球が速くなくてもプロ野球選手ができるということを見せたかったですし、いろんな勝ったり負けたり、負けるほうが多かったですけど、周りの方に支えてられてここまで突っ走ってこられたなという感謝の気持ちでいっぱいですね

  • 今後、リーゼントは?

卒業しません。そのままです(笑)。できる限りやり続けたいと思います

  • 改めて、横浜のファンに向けて

本当に25年間、熱い熱いご声援ありがとうございました。いろいろな苦しいとき、本当に助けられましたし、いいときも悪いときもどんなときでも僕たちに声援いただき、応援していただき、背中を押していただき、本当に感謝します。何回かヒーローインタビューでも言ったことがありますけど、三浦大輔を応援していて良かったな、DeNAベイスターズを応援していて良かったなと思ってもらえるようにやってきて、約束していた優勝というのは果たせませんでしたけど、若い選手が出てきて、CSにも進出することができて、チームはどんどん成長してきました。これからも横浜を応援してほしいですし、僕も横浜から離れることはないので、まだシーズン、CSと残っているので、もっともっと上に行けるように頑張っていきたい。本当に25年間ありがとうございました

  • 多くの指導者と出会ったが、支えになった言葉は?

本当にたくさんの監督の下でやらせていただきましたけど、野球だけでなく人として勉強させていただきました。誰がというのはなかなか言えませんが、まずプロに入った1年目にピッチングコーチの小谷(正勝)さんと知り合ったことが三浦大輔のプロ野球選手としての第一歩だと思いますし、たくさんのことを学ばせていただきました。まず「己を知れ」と言われ、自分がどういうタイプのピッチャーか、この世界で生き残っていくためにはということを教えていただきました。その言葉をずっと胸にやってきましたし、勘違いしないように、自分がどのようなタイプのピッチャーなのか、どうすれば抑えられるかを考えてやってきました

  • 若い選手に伝えたいことは?

後悔はあると思います。100パーセント満足ということはないかも知れないですけど、やるだけのことをやって、打たれることももちろんあると思います。でも1人じゃないということは忘れないでほしい。マウンドで苦しくなったときはチームメイトは後ろで守ってくれますし、スタンドにはファンが応援してくれていますし、野手もそうですがしっかりと準備してグラウンドに立つ責任と重さを感じて、毎日試合が続きますが、それを忘れずに、1人で野球をやっているんじゃない、みんなでつないで一つの勝利に向かっていくんだということを思って、グラウンドに立ち続けてほしいです

  • 寂しいというたくさんの声がある。ファンに向けてメッセージを
  • 自分も、寂しいです。まだまだ離れたくないですし、横浜のユニホームを着て投げたいなという気持ちはまだあります。もちろん、もう1試合投げるんですけど。いろんなことがありすぎで、ファンのみなさんの前で投げるのはあと1試合になりますけど、もっともっと投げたい、ずっとユニホームを着続けたいという気持ちはありますが、いつか現役を引退しないといけない。誰もが通る道だと思う。僕も辛いです。でも、何と言っていいのかわからないですけど、辛いときはいっぱいありました。今年だけじゃなくてもっと前に引退かな、やめないといけないかなと思ったときはいっぱいありました。ダメかなと思って、ファームで1軍の試合を見ているときでも……(言葉に詰まり、目に涙を浮かべながら)18番のユニホームを着て、スタンドで応援しているファンをテレビで見たら絶対にあのマウンドに戻るんだと頑張ってこられました。三浦大輔に力を与えてくれましたし、あの応援があったからここまでやってこられたと思います。辛いですけど、でもまた違うステージでも三浦大輔は頑張っていきますので、そこでも応援してもらえたらと思います
  • 18番の背番号は今後どんな選手に託したい?

96年か97年から球団に18番を付けさせてほしいとお願いして、98年から付けさせていただいて、横浜のエースナンバーを18にするとやってきて、18年付けさせてもらいました。背番号の重みを分かってもらえる選手に付けてもらいたいです

最後に

阪神へFA移籍か!?という、時期には毎日ドキドキしていたものです。兄貴と番長の夢の共演を夢見ていました。夢はかないませんでしたが、結果として三浦選手は生涯横浜でよかったと思います。こんなにも横浜に愛され、横浜が似合う選手は今後出てこないと思われます。本当に25年間お疲れ様でした。最後の巨人戦是非買って連続勝利年数を24に延ばし花道を飾っていただきたいものです!空気読んでほしい!巨人!!

 

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